atelier*

「 夢のソルベ 」

- May 27, 2020

その洋菓子屋は快晴の街にあった。

大きなショーケースには宝石のようなゼリーやオペラ、ナパージュが艶めくフルーツのタルトなどが等間隔に並び、室内は空調が利いて、ショートケーキの生クリームがフォークを迎え入れるときに少し抵抗が残るくらいの涼しさが保たれている。黄色の小さな花模様のノースリーブワンピースに柔らかな麻のカーディガンを羽織り、カウンターに腰掛けていた。
この洋菓子屋にはまるでBARのようなステンレス製の長いカウンターがあり、キッチンをL字に囲むように造られている。窓からこぼれた日差しがカウンターの端で反射していて眩しい。日差しが当たっている部分に目を凝らしていると、瞬きの度に残像が増え、瞼の中に緑色の銀河が生まれていく。冷却中のスポンジからは甘い香りが立ち込め、スウィングしている空調に乗ってシャワーのように髪や鼻先を撫でてゆく。こめかみから流れた一雫の汗も今は小さなゼリーかさらさらした水飴のように感じる。

店主は女性ではきはきと必要な言葉のみ話す。
客と話しながら、私の前にサンデーグラスを置いた。そのときステンレスは「たん」と音を立てた。波打ったサンデーグラスの中心には氷河を削り取ったようなソルベがあった。そのわずかな色づきは、気のせいかも知れないと思うほど、どこまでも薄い灰や水色の気配を持っている。半円の表面に、氷の結晶がちらちらと移動しているのに見惚れながら、このソルベにとって現在の室温は暖かすぎることがわかった。ソルベの中には錦糸のように細く鋭利に砕かれたダークチョコレートが混ざっており、時折、緑のかけらも見受けられる。
サンデーグラスの底の少し浮いた部分に、小さな紙片が挟まれていて、「フレッシュミントとダークチョコレートのソルベ」と書かれていた。どうりで鼻が通ると思った。爽やかな冷気が静かに鼻の奥へと到達していた。
ソルベと同じ冷たさのアイスクリームスプーンを手にとったとき、店主がソルベの上に木の蜜色のブランデーをつうと落とした。それから、細いショットグラスに重めの赤ワインを注ぎ、ステンレスに置いた。右手が微かに開かれ「どうぞ」のかたち。ブランデーのアルコールが弾かれてうねりながら半円を下っていく。爽やかなミントの隙間に花々が満ちていくような香りだった。

カウンターの端の客が突然、「きれい」と呟き、店の奥に向かって足早に消えた。L字の死角ですぐに見えなくなってしまって、私の身体は反射的に後を追う。カウンターの角を曲がってみると、奥に勝手口があった。その扉は木製で、アーチを描いており、菱形のステンドグラスが埋め込まれている。ステンドグラスから漏れた午後の光が、タイルの床に落ちて揺れている。客は床と同じ位置にペタリと寝そべり光に向かって写真機を構えていた。まるで取り憑かれたように、すべてのエネルギーを両手と片眼に注ぎ、あとの身体はだらんと脱力している。その先に白くてふわふわした猫なのか犬なのかわからない生き物が同じように寝そべっていた。音が止まり、時間も息も止まった。直後、カシャ、とシャッターがおり、再び時間が流れ始める。はっと息を吐き、新しい呼吸をした。振り返ると店主がL字の角から覗き込んでいた。片手にサンデーグラスを持ち、アイスクリームスプーンでグラスの縁の波打った部分を叩いている。駆け寄ると半円の氷河は跡形もなく沈んでいて、一口分に溶けたソルベが寂しそうに傾いたグラスに沿って伸びている。お客のだけど勿体ないから食べちゃったわよ、と笑う店主からスプーンを取り、溶けたソルベを啜った。風が穏やかに吹いてミントの香りが鼻から抜けた。フレッシュミントを刻んだときに少し発生する苦い風味。ダークチョコレートの破片が後から舌を撫でてカカオの華やかな風味と混ざった。その全体をベールで包むようにブランデーの香りが取り巻いていた。

先ほどまで寝そべっていた客が店主に何かを指差し、受け取ったものをカウンターに置いた。微笑んでいるような、困っているような、どちらとも取れない表情がうん、と小さく頷き、言葉は無いが「どうぞ」と聞こえてくる。視線をステンレスに落とすと透明なビニールで包まれたフロランタンがあった。見上げると客は背を向けL字の奥へと再び消えていった。

窓の外のテラス席に子どもとその母親が座っている。
小さく声が聞こえている。ベビーカーの奥に海が見えた。

 

幻の洋菓子屋、夢のソルベ。

またここに来ることがあったら、次は冷たいうちに。

 

5.25夢。