atelier*

「 ユートピア 」

- Jun 6, 2020

珈琲カップを覗き込む顔には光の波紋が揺れ、まるで晴れた日の湖を覗いている人のようだった。二足歩行のユートピアがキョロと目玉だけ上を向くとき、世界は彼をすこしだけうかがっている。相槌を打っているうちに、珈琲のカフェインがこめかみや眉間のあたりで渦を巻き、おまけに琥珀糖のビンが乗っている銅のプレートはぴかぴかに磨かれているものだから、天井のライトを反射させて目が眩み、私たちを恍惚のほとりへと招いていた。ライトに張られている蜘蛛の巣は、扉のカウベルが鳴るたびに震え、風を受けている。少々荒めな刺激たちによって、地震でもないのに身体は揺れ、心拍は秒針に急かされるように響き渡っていた。

カップを持ち上げるとソーサーの真ん中に太陽がいた。
その歪な微笑みはWEDGWOODと似つかない私たちを嘲笑っているようにも見える。
たばこのヤニで斑に黄ばんだ壁はじっと見ているとベイクドチーズケーキの表面のよう。遠慮してケーキは頼まないでいたのだ。メニューを開きたいと思ったが、恥ずかしくてやめた。

視線をユートピアに戻すと、彼は引き続き世界の歯車をせっせと回していた。
フライパンの中のポップコーンが弾けるのを一粒一粒見届けるのが難しいように、彼の話は目まぐるしく弾けて、全てが出来立てで熱かった。私たちはポップコーンをほおばりながら話を聞いた。古時計が12と6のところで高らかに鳴る。午後のおしゃべりで豊かな店内もその時だけ、ふと静かになった。花の模様のステンドグラスは薄いピンクとクリーム色と緑で作られていて、外から覗き込んだ時よりも店内から逆光で見る方がずっと綺麗だった。

どこかで私たちを見ている人はいるだろうか。
天井のライトはテーブルではなく私たちを照らすためにある。
珈琲の湖に跳ね返り、笑った顔が更に豊かな輝きをする。隠れている蜘蛛もきっと話を盗み聞いて微笑んでいるし、WEDGWOODもステンドグラスも古時計も、私たちの生きている世界に手拍子しながらリズムをとっている。あとこの姿をどれくらい続けられるだろうか。いつの日か、蜘蛛の巣やWEDGWOODやステンドグラスや古時計に、琥珀糖に変わって、二足歩行のユートピアたちを囲んで手拍子する側に回ることもあるだろう。もしかしたら、もうすでにそれは行われているのかもしれないが。